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ベトナム人社員が健康診断を嫌がる理由|日本とベトナムの医療制度の決定的な違い
「健康診断を案内したのに受診してくれない」「体調が悪そうなのに病院に行こうとしない」。ベトナム人社員を受け入れている企業では、こうした場面に戸惑うことも少なくありません。その背景には、日本とベトナムの医療制度や健康観における根本的な違いが存在します。そこで、ベトナムの医療制度の仕組みや日本との違い、人事担当者が押さえるべき健康管理のポイントについて解説します。
ベトナムの医療制度①:制度の基本構造
ベトナムの医療制度を理解するためには、まず制度の骨格を把握する必要があります。日本と同じく公的医療保険が存在するものの、その実態は大きく異なるものでしょう。
公的医療保険(BHYT)は「使いにくい保険」として認識されている
ベトナムには「BHYT(Bảo hiểm y tế)」と呼ばれる公的医療保険制度があります。ベトナム政府は国民皆保険を目指しており、2023年時点の加入率は93%を超えています。しかしながら、保険が適用される医療機関や治療内容には制約が多く、「保険があっても十分な医療を受けられない」という感覚を持つベトナム人も少なくありません。
たとえば、保険を使って受診する場合、まず居住地に紐づいた指定医療機関を受診しなければならない紹介制度があります。そのため、希望する病院を自由に選べない不便さが生じるでしょう。加えて、保険適用の範囲が限られているため、実費負担が発生するケースも珍しくありません。こうした事情から、BHYTは制度として存在するものの、日本の健康保険のように「安心して使える」ものとは言い難いのが現状です。
公立病院と私立病院の二層構造が医療格差を生んでいる
ベトナムの医療機関は、大きく公立病院と私立病院に分かれています。公立病院は費用が比較的安い一方で、慢性的な混雑や設備の老朽化が課題となっています。一方、私立病院は設備や対応の質が高いものの、費用は公立病院の数倍にのぼることもあります。つまり、医療の質が経済力に直結しているという点が、ベトナムの医療制度における大きな特徴です。
薬局が「第一の医療機関」として機能している
ベトナムでは、体調が悪いときにまず薬局へ行くという習慣が根づいています。病院の受診にかかる時間や費用の負担を考えると、薬局で症状を伝えて薬を購入するほうが合理的だと考える人が多いからです。
ベトナムの薬局では、日本では処方箋が必要な薬であっても処方箋なしで購入できる場合があります。そのため、「軽い症状なら薬局で十分」という意識が広く浸透しているのでしょう。こうした背景を知っておくと、ベトナム人社員が体調不良でも病院に行きたがらない理由が理解しやすくなります。
ベトナムの医療制度②:日本との決定的な違い
ベトナムの医療制度の基本構造を踏まえたうえで、日本との具体的な違いを見ていくことが大切です。ここで紹介する3つの違いは、日常の職場でのコミュニケーションに直接影響を与えるものでしょう。
健康保険の「手厚さ」に対する感覚がまったく異なる
日本では、健康保険証を提示すれば医療費の自己負担が原則3割に抑えられます。しかしながら、ベトナムではたとえ保険に加入していても自己負担額が大きくなることがあります。そのため、ベトナム人の多くは「病院に行く=お金がかかる」という感覚を強く持っています。
日本に来てからも、健康保険で自己負担が軽減される仕組みを十分に理解していないケースも珍しくありません。「日本の保険はベトナムとは違い、しっかり使える」ということを丁寧に伝えてあげると、受診への心理的ハードルが下がるでしょう。
定期健康診断の「受診文化」が社会に根づいていない
日本では、労働安全衛生法により企業に年1回以上の健康診断実施が義務づけられています。実はベトナムでも、2016年施行の労働安全衛生法により同様の義務が定められています。しかしながら、法律上の義務と社会的な実態には大きな隔たりがあり、定期的に健康診断を受けるという習慣が広く定着しているとは言い難い状況です。
とはいえ、これは健康意識が低いということではありません。「体に異常がなければ医療機関を受診する必要はない」という考え方が、ベトナム社会では一般的なのだと理解したほうがいいでしょう。そのため、健康診断の案内を出しただけでは受診につながらないことがあります。なぜ健康診断が必要なのか、どのようなメリットがあるのかを具体的に説明することが大切です。
メンタルヘルスに対する社会的偏見が根強い
ベトナムでは、精神的な不調を訴えることに対する社会的な偏見がいまだ根強いという傾向があります。「心の病気」という概念自体が広く認知されておらず、ストレスや不安を感じても周囲に相談しにくい環境があると言われています。
ベトナムの文化では家族や地域社会のつながりが精神的な支えとなっていますが、日本での生活ではそうした支えが失われやすくなります。メンタルヘルスの問題を「弱さ」と捉える風潮もあるため、職場でのメンタルヘルスケアの体制を構築していく必要があります。
ベトナムの医療制度③:人事が取り組むべき実務対応
制度や文化の違いを理解することは重要ですが、それだけでは十分とは言えません。ここでは、人事担当者が現場で実践できる具体的な取り組みを紹介します。
健康診断の「意味と無料であること」を母国語で伝える
健康診断の受診率を高めるためにまず取り組むべきことは、情報提供の方法を工夫することでしょう。ベトナム語で「健康診断は会社が費用を負担すること」「予防のために行うものであること」を明記した案内を用意しておくと安心です。
さらに、健康診断がどのような流れで行われるのかを事前に説明しておくことも効果的でしょう。採血や心電図など、なじみのない検査項目が含まれるため、「何をするのか」「なぜするのか」を母国語で丁寧に伝えることが受診率の向上につながります。
通院・受診時のサポート体制を整備する
ベトナム人社員が日本の医療機関を受診する際、言語の壁が大きな障壁になることがあります。症状を伝えられない不安から、受診そのものを避けてしまうケースも少なくありません。
そのため、多言語対応の医療機関リストを作成しておくことをおすすめします。自治体や国際交流協会が外国語対応の医療機関情報を提供していることもあります。受診時に同行できるサポート担当者の配置や、電話通訳サービスの利用方法の共有も有効な手段でしょう。
メンタルヘルス支援は「相談しやすい入口」の設計が鍵
メンタルヘルスの支援において最も重要なのは、相談のハードルを下げることです。ベトナムでは精神的な不調を他者に打ち明けることへの抵抗感が強い傾向があります。そのため、「メンタルヘルス相談窓口」という直接的な名称よりも、「生活相談」「困りごと相談」といった幅広い入口を設けるほうがいいでしょう。
もちろん、専門的なカウンセリングが必要な場合は外部の支援機関との連携も欠かせません。ベトナム語で対応可能な相談窓口の情報を事前に把握し、日常的な声かけの中で変化に気づいて早い段階で適切なサポートにつなげることが大切です。
ベトナムの医療制度④:見落としがちな文化的背景
医療制度の違いに加えて、ベトナムの文化的な背景を理解しておくことも、外国人社員のサポートには欠かせません。
東洋医学・伝統療法への信頼は想像以上に深い
ベトナムでは、西洋医学と並んで東洋医学や伝統療法が広く信頼されています。たとえば、「cạo gió(カオゾー)」と呼ばれる民間療法は、コインや専用の器具で皮膚をこすって体内の「悪い風」を追い出すという考え方に基づいており、風邪や体調不良の際に家庭で日常的に行われています。
こうした伝統療法の痕跡が体に残ることがあり、日本の職場や医療機関で誤解を招くこともあります。伝統療法を否定するのではなく、「日本の医療機関でも診てもらうと安心できる」という形で受診を促してあげると効果的でしょう。
母国の家族への医療費送金が経済的プレッシャーになっている
ベトナムから日本に働きに来ている社員の多くは、母国の家族へ定期的に送金をしています。送金の中には家族の医療費が含まれていることも珍しくありません。家族が病気になると送金額が急増し、社員の生活を圧迫する場合があります。
突然の欠勤や集中力の低下といった変化が見られた場合、その背景に家族の医療費問題がある可能性も考慮に入れておくことをおすすめします。直接的に金銭の問題に踏み込む必要はありませんが、「困っていることがあれば相談してほしい」という姿勢を日頃から示しておくことが、信頼関係の構築につながります。ベトナム人の金銭感覚や仕送り文化については「大切なのはお金と家族 日本人とは異なるベトナムの金銭感覚」の記事も参考にしてみてください。
まとめ
ベトナム人社員が健康診断を敬遠したり、体調不良でも病院に行かなかったりする背景には、公的保険の使いにくさや薬局中心の受診文化、健診習慣の未定着、メンタルヘルスへの偏見など、さまざまな要因が絡み合っています。
こうした違いを「おかしい」と捉えるのではなく、文化や制度の背景を理解したうえで適切なサポートを提供することが、外国人材の健康と職場定着を支える第一歩になるでしょう。母国語での情報提供や受診サポート体制の整備など、できることから取り組んでいくことで、ベトナム人社員が安心して働ける環境づくりにつながります。

