ベトナム人材の採用・定着支援を進めるうえで、文化的背景への理解は欠かせない経営課題です。なかでも「祝日・年間行事」に関する知識は、シフト管理・有給休暇の調整・モチベーション維持に直結するにもかかわらず、日本のHR担当者が見過ごしやすい盲点のひとつです。

ベトナムには日本と同様の国民の祝日のほかに、旧暦(陰暦)に基づく宗教的・文化的行事が年間を通じて複数存在します。これらの行事を会社側が理解し、従業員とのコミュニケーションに活かすことで、離職率の低下と職場の心理的安全性の向上につながります。

本記事では、ベトナム人材の雇用経験を持つ企業のHR担当者・経営者を対象に、ベトナムの公休日・旧暦行事の全体像から職場への影響、実務的な対応策までを体系的に解説します。 外国人採用の基礎知識 と組み合わせてご活用ください。

ベトナムの公休日と旧暦行事,, 制度と慣習の両面を理解する

ベトナムの法定公休日は年間11日間で、日本(16日)より少なめです。しかし旧暦に基づく慣習的行事が年間を通じて複数あり、心理的・家族的に重要な意味を持つ日が存在します。HR担当者はまず「法定休日」と「文化的行事」を区別して理解することが重要です。

ベトナム国内の法定公休日

ベトナムの労働法(Bộ luật Lao động)が定める法定休日は以下の通りです。

  • 元日(1月1日):1日
  • テト休暇(旧暦1月1日前後):5日間(通常は旧暦12月30日〜旧暦1月4日)
  • 雄王記念日(Giỗ Tổ Hùng Vương、旧暦3月10日):1日
  • 南部解放・国家統一記念日(4月30日):1日
  • 国際労働者の日(5月1日):1日
  • 独立記念日(Quốc khánh、9月2日):2日間

ただし、これらはベトナム国内で雇用される場合の法定休日であり、在日ベトナム人には日本の祝日法が適用されます。就労者として在籍する会社の就業規則に基づいた休日が適用されるため、本人・会社双方が混同しないよう明確に案内しておくことが必要です。

旧暦に基づく主な慣習的行事

国民的に重視される文化行事として、以下が挙げられます。

  • テト(旧暦1月1日):旧正月、最大の年中行事
  • 旧暦1月15日(元宵節・Tết Nguyên Tiêu):テト明け最初の満月
  • 清明節(Thanh Minh、旧暦3月3日頃):祖先の墓参りを行う日
  • 旧暦7月15日(盂蘭盆節・Tháng Cô Hồn):先祖供養の月、精霊が彷徨うとされる月
  • 中秋節(Tết Trung Thu、旧暦8月15日):子どもたちの祭り・月見行事
  • 竈神の日(Táo Quân、旧暦12月23日):テト準備開始を告げる重要な節目

これらの行事は特定の宗教に限らず、ベトナム全土で広く意識されています。テトや中秋節は日本で言えば年末年始と夏祭りを合わせたような、民族的アイデンティティと深く結びついた存在です。

テト(旧正月),, 職場マネジメントに最も影響する行事

ベトナム人にとってテト(Tết Nguyên Đán)は、最重要の年中行事です。旧暦の元旦を中心に、多くの人が帰省・家族との時間・祖先への祈りを大切にします。2025年は1月29日(水)、2026年は2月17日(火)が旧暦元旦にあたりました。2027年は2月6日(土)の予定です。旧暦に基づくため毎年日付が変わることを覚えておきましょう。

テト期間中に起こる職場への影響

在日ベトナム人の多くは、テトに合わせて有給休暇や特別休暇の取得を希望します。主な影響は以下の通りです。

  • 有給休暇の集中申請:旧正月前後の1〜2週間に申請が集中し、シフトが組みにくくなる
  • 一時帰国への強い意向:金銭的に余裕のある社員はベトナムへの帰国を希望しやすい
  • モチベーション変動:テトが近づくにつれ精神的に「帰省モード」に入る社員が出てくる
  • 離職・転職のタイミング:テト前後はキャリアの転換点として意識されやすく、離職判断が集中しやすい時期

テトに関する職場コミュニケーションのポイント

テトに対して「Chúc Mừng Năm Mới(新年おめでとうございます)」と一言声をかけるだけで、ベトナム人社員との信頼関係が大きく変わります。赤い封筒に少額のお金を入れて渡す「リーシー(Lì xì)」という風習があり、心遣いとして実施している企業では好評という声があります。金額よりも「あなたの文化を大切にしている」という意思表示そのものが重要です。

現場でよくある相談

外国人材の支援現場では、ベトナム人社員の祝日・行事に関する相談が年間を通じて寄せられます。以下に代表的な事例をまとめました。

「テトに有給が集中して現場が回らない」

製造業・介護業の管理者から最も多く聞かれる相談です。ベトナム人社員5〜6名が同時期に有給申請を出し、シフトが組めなくなるケースがあります。対応としては、前年11月頃にテト前後の希望休取得ルールを就業規則に明示し、早期申請を促すことが有効です。先着順・交代制などのルールをあらかじめ全員に周知することで、現場の混乱を予防できます。

「帰国したまま戻ってこない」

テト帰国中に就職活動を行い、そのまま帰国・離職するケースがあります。この背景には、職場環境への不満・賃金への不満・家族との長期別離が重なっていることが多く、日常的なコミュニケーション不足がリスクを高めます。帰国前の1on1面談で現在の満足度と今後の意向を確認することが重要な予防策です。

「旧暦の特定の日に休みたいと言われた」

清明節(旧暦3月3日頃)や盂蘭盆節(旧暦7月15日)など、旧暦に基づいた休みの申請を受けるケースがあります。これは宗教的・家族的に重要な意味を持つため、頭ごなしに断るのではなく、有給休暇の範囲内での調整を検討することが定着支援につながります。

「テトのお祝いを会社でしてほしい」

自らテトのお祝いムードを職場に取り入れることを希望するベトナム人社員もいます。簡単な飾り付けや料理の持ち寄りパーティーを開催している企業では、異文化理解が深まり、日本人社員との交流促進にもなると好評です。こうした場づくりはコストをほとんどかけずに職場の一体感を高める手段になります。

失敗パターンと回避策

ベトナム人材の定着に失敗する企業には、共通する傾向があります。以下に主要な失敗パターンと具体的な回避策を示します。

失敗パターン①:「テト=お正月休みが欲しいだけ」と軽視する

テトは単なる連休ではなく、家族・祖先・文化的アイデンティティと深く結びついた行事です。休みを軽くあしらわれたと感じたベトナム人社員は「自分のことを大切にされていない」と受け取り、離職を検討するきっかけになります。回避策として、管理者がテトの意味を理解し、本人に直接「楽しんできてください」と声をかける文化を職場に根付かせることが有効です。

失敗パターン②:繁忙期計画と旧暦行事の衝突を見落とす

旧暦行事は毎年日付が変わるため、事前確認なしに繁忙期シフトを組むと行事日と重なることがあります。特に4月末〜5月初(南部解放記念日・メーデー)と日本のゴールデンウィークが重なる時期は、ベトナム人社員の意向とシフト需要が衝突しやすい。毎年1〜2月に旧暦行事の日付を確認し、年間シフト計画と照らし合わせる習慣をつけましょう。

失敗パターン③:多文化配慮のない一律対応

「日本の会社だから日本のルールのみに従え」という姿勢で、旧暦行事に基づく有給申請を認めないと、心理的疎外感が生じます。 厚生労働省 が推進する「外国人労働者の雇用管理改善指針」でも、文化的背景への理解に基づく雇用環境整備が推奨されています。法定の有給休暇制度の範囲内でベトナムの行事に関連した休暇取得を柔軟に認める姿勢が、長期定着への投資になります。

失敗パターン④:重要な説明を日本語のみで行う

休暇申請ルールや就業規則の変更を日本語のみで伝え、理解されないまま不満が蓄積するケースがあります。特に来日間もない社員は、口頭の日本語説明を十分に理解できていないことが多い。就業規則・休暇申請ルールのベトナム語資料(翻訳ツール活用を含む)を整備し、入社時にきちんと説明することが基本です。 出入国在留管理庁 が提供する多言語版「生活・就労ガイドブック」も参考資料として活用できます。

採用担当者が見落としやすいポイント

採用・受け入れ段階から定着まで、採用担当者が見落としやすいポイントを整理します。

就業規則への有給申請ルール明記が不十分

多くの中小企業では、就業規則に外国人特有の行事・祝日に関する有給申請の扱いが明記されていません。ベトナム人社員が入社後に「テトの有給が取れない」「旧暦行事を理解してもらえない」と感じると、早期離職リスクが高まります。採用前に就業規則を見直し、有給申請の締め切りルール・先着順か交代制かなどを明文化しておきましょう。

テト前後の一時帰国リスクと在留資格手続きの未案内

在留資格(特定技能・技術・人文知識・国際業務など)によっては、一時帰国後の再入国手続きが必要になります。出入国在留管理庁のルールでは、有効な再入国許可なしに出国すると在留資格が失効する場合があります。HR担当者は帰国予定者への再入国許可取得案内を帰国の少なくとも2週間前に実施するフローを整備しておきましょう。

文化的行事と宗教を混同しない

ベトナムは仏教・カトリック・民間信仰が混在する多宗教の国です。テトや中秋節は特定の宗教行事ではなく、文化的・民族的な行事として北部・中部・南部を問わず広く祝われています。「宗教的理由による休みは認めない」という一律対応は的外れであり、文化的背景への理解に基づく対応が求められます。

帰国・離職のサインを見逃す

テトの2〜3カ月前(10〜11月頃)から送金額の増加、職場での言動変化、転職サイト閲覧の増加が見られる場合、帰国・離職の準備に入っている可能性があります。判断基準として有効なのは、定期的な1on1面談の中で「今後のキャリア意向」「家族の状況」「生活上の困りごと」を確認することです。問題が顕在化する前に早期介入できれば、離職の多くは防ぐことができます。ミャンマー人材など他国籍社員のコミュニケーション課題については ミャンマー人材の職場コミュニケーション記事 も参考になります。

早見表:ベトナム人材が重視する年間行事カレンダー

ベトナム人材の主要行事を時系列で整理した早見表です。旧暦行事は毎年日付が変わるため、年初に旧暦カレンダーで確認する習慣をつけましょう。

1〜2月(テトシーズン)

旧暦12月23日の竈神の日(Táo Quân)がテト準備開始の心理的目安です。竈の神様を天に送り出す儀式を行い、この日以降、多くの家庭でテムの準備が本格化します。旧暦12月30日〜旧暦1月4日がテト休暇の中心期間で、家族団らん・帰省・祖先への祈りが中心です。旧暦1月15日は元宵節(Tết Nguyên Tiêu)で、テト後最初の満月を祝います。

3〜4月

旧暦3月3日頃に清明節(Thanh Minh)があり、家族で墓参りや先祖供養を行います。日本で働くベトナム人にとっては帰国できない分、現地の家族に依頼して代わりに行ってもらうことが多い行事です。旧暦3月10日は雄王記念日(Giỗ Tổ Hùng Vương)で、ベトナム国内では国民の祝日にあたります。

4〜5月

4月30日の南部解放・国家統一記念日(Ngày Giải Phóng Miền Nam)は、1975年のサイゴン陥落を記念する祝日で、ベトナム人にとって歴史的に重要な意味を持ちます。5月1日の国際労働者の日(メーデー)は日本と同じく祝われ、ベトナム国内では前後に連休となることが多い時期です。

7〜8月

旧暦7月(特に7月15日の盂蘭盆節・Tháng Cô Hồn)は先祖の霊を供養する月とされています。夜間の外出を控えたり、路上でお供えをするなどの習慣があり、南部出身者の社員はこの月に特に敬虔な行動をとることがあります。旧暦8月15日の中秋節(Tết Trung Thu)は子ども向けの行事として特に人気が高く、子どもを持つ社員は家族とのお祝いを強く意識します。

9月

9月2日の独立記念日(Quốc khánh)はホー・チ・ミンが独立宣言をした記念日で、ベトナム国民としてのアイデンティティに関わる重要な日です。

10〜12月(テト準備期間)

10〜11月頃からテト帰国・転職を意識し始める社員が増えます。この時期の1on1面談が来年の定着率を左右します。旧暦12月23日の竈神の日が来ると、再び翌年のテトシーズンが始まります。

実務チェックリスト

HR担当者・現場管理者が年間を通じて実施すべきアクションを整理します。このチェックリストを毎年の年間計画に組み込むことで、行事対応の漏れを防げます。

テト前(11〜1月)の対応

  • 旧暦元旦の日付を確認し、社内カレンダーと管理者共有シートに反映する
  • 有給休暇・特別休暇の申請締め切りと運用ルール(先着順・交代制など)を全社員に周知する
  • 帰国希望者の有無を早期に把握し、再入国許可取得の必要性を個別に案内する
  • 帰国する社員へ「良いテトを」(Chúc Tết Vui Vẻ)の一声コミュニケーションを実施する
  • テト時期のシフト充足計画を日本人社員・他国籍社員も含めて立案する

テト後(2〜3月)の対応

  • 帰国した社員の帰日日程を確認し、再入国手続きのフォローを行う
  • 職場復帰後2週間以内に1on1面談を実施し、モチベーションと今後のキャリア意向を確認する
  • 帰国後に意欲が下がっている社員がいる場合は、継続的なフォローと面談頻度の増加を検討する

年間を通じた多文化対応

  • 毎年1〜2月に旧暦行事の日付を確認し、年間シフト計画と照らし合わせる
  • ハローワーク窓口や外部支援機関を活用した多文化共生職場づくり研修への参加を年1回検討する
  • ベトナム語での就業規則・社内ルール説明資料を整備・年次更新する
  • 文化行事(テト・中秋節など)に合わせた職場内プチイベントを企画し、日本人社員との交流促進を図る
  • 在留資格更新・変更の時期を社員ごとに管理し、早めのサポート案内を実施する

よくある質問(FAQ)

Q. 在日ベトナム人はテトに休みを取る権利がありますか?

A. 在日ベトナム人には日本の労働基準法が適用されるため、ベトナムの法定公休日は自動的には適用されません。ただし、有給休暇の範囲内でテトに合わせた休暇取得を申請することは当然可能です。会社側は正当な業務上の理由がある場合に「時季変更権」を行使できますが、文化的な行事への配慮を示すことが定着促進につながります。特別休暇として認める企業も増えています。

Q. テト前後の一時帰国で注意すべき手続きはありますか?

A. 在留資格によって異なります。特定技能・技術・人文知識・国際業務などの在留資格を持つ方が出国する際は、みなし再入国許可(出国日から1年以内の再入国)を利用できる場合がありますが、在留資格の有効期限内であることが前提です。詳細は 出入国在留管理庁 の最新情報をご確認ください。HR担当者は帰国前に本人と確認し、必要な手続きを案内することが重要です。

Q. テト以外でベトナム人社員が重視する行事はありますか?

A. テトは最重要行事ですが、旧暦7月の盂蘭盆節(先祖供養)・中秋節(Tết Trung Thu)・清明節(墓参り)も心理的に重要な意味を持ちます。特に子どもを持つ社員は、子どもたちとの中秋節のお祝いを大切にしています。「テトだけ把握すれば良い」という認識では不十分で、年間を通じたカレンダー管理が必要です。

Q. 日本人社員がベトナムの行事について理解を深めるにはどうすれば良いですか?

A. 簡単な多文化理解研修を社内で実施することが有効です。ベトナム人社員自身に「テトについて教えてほしい」と依頼することで、当事者の自己効力感も高まります。また、厚生労働省が提供する外国人労働者の雇用管理改善指針もHR担当者の学習資料として活用できます。他の国籍の事例として ミャンマー人材の職場コミュニケーション記事 も参考になるでしょう。

Q. 中小企業でも多文化対応はできますか?

A. 大規模な制度整備がなくても、「行事に関心を持ち声をかける」「旧暦カレンダーを確認して計画に組み込む」「帰国手続きをサポートする」という三点から始めるだけで、ベトナム人社員の定着率は変わります。コストをかけずに取り組める文化的配慮は、採用コストの回収に直結する投資です。

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ベトナム人材の定着率を高めるうえで、祝日・年間行事への理解は採用や制度設計と同様に重要な要素です。テトをはじめとする文化的行事に寄り添う職場づくりは、単なる「親切な配慮」にとどまらず、採用コストの削減・職場の生産性向上・職場ブランドの向上につながる経営投資です。旧暦に基づく行事が毎年日付を変えながら繰り返されるなかで、HR担当者がその都度正確な情報を把握し、現場管理者へ共有できる体制を整えることが、長期的な多国籍職場の安定運営を支えます。

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この記事を書いた人

ヤマシタハヤト

ヤマシタハヤト

ユアブライト株式会社 取締役 / 登録支援機関 実務責任者。特定技能・外国人材採用・登録支援・在留資格実務を専門領域とし、登録支援機関であるユアブライト株式会社の取締役として、外国人材紹介と受入れ支援の実務に関わっています。

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